鍼灸医学の懐

黄帝内経の意訳と解説 最後に原文と読み下しを記しています。

黄帝内経 素問

刺熱篇第三十二.

雨に濡れても、燃えるようなツツジ《霊枢・壽夭剛柔第六》に「風寒は形を傷り、憂恐忿怒は気を傷る。氣は藏を傷れば、乃ち藏を病む。寒は形を傷れば、乃ち形に應ず」と、明確に記載されている。しかしながら、この篇で言うところの熱病の病因は、外感病と七…

熱論篇第三十一.

カリンの花 於:泉北ハーベストの丘で 医聖、張仲景(150?~219)は、当時伝えられていた医学書を元に『傷寒雑病論』を著したとされているが、その序文の一説に素問、九巻(おそらく霊枢)の記述がある。 張仲景が、本篇≪熱論≫からヒントを得て、六経概念を構…

陽明脉解篇第三十

チューリップ 於:近くの花壇で 前篇『太陰陽明論』に引き続き、本篇は足陽明に特化した内容となっている。 本編の記載は、同じものが霊枢『経脉篇』にも記されているが、ここで記されている病症は、現代においてはさしずめ多動性障害、躁うつ病、統合失調症…

太陰陽明論篇第二十九.

沈丁花 於:近隣の花壇より 本篇は表題の通り、脾の蔵と胃の腑との関係を中心に述べられたものであるが、脾胃は五行的にも三焦的にも上・中・下の中央に位置し、脾気の昇・胃気の降で上下の気の流れの『枢』の機能を有している。 また、脾胃について一篇を設…

通評虚實論篇第二十八.

於3月 近くの公園で この篇における虚実の概念が、冒頭に《邪氣盛んなれば則ち實し、精氣奪すれば則ち虚す》と示されている。 この篇における邪気とは、読み進めていくと分かる通り、内生の邪気である。つまり精気が鬱滞すれば即邪気に転嫁することを示唆し…

離合眞邪論篇第二十七.

黄帝内経の著された時代と現代の病の相違を考えると、本文中の邪が、内生的なもので無く、多く外からやってくるものとして記載されている事から、当時は圧倒的に外邪による発病が多かった事が容易に知ることができる。 後漢に著された傷寒雑病論は、現代で言…

八正神明論篇第二十六.

ここに至るまでの篇で、四時による陰陽の盛衰・消長と、人体との相関は何度も重複して記載されている。 この篇では、新たに月の満ち欠けによる、陰陽の盛衰・消長と人体の関係を説き、補瀉にまで言及している。 女性の月経周期が、月の満ち欠けと相関してい…

寳命全形論篇第二十五.

命は宝である。それを舍す肉体を全うする・・・そのためには、どうすればよいのか。 表題からはこのように読み取れる。 これは術者に向けられた、非常に意味深長な投げかけである。 本篇を通読して先ず感じたことは、多分に禅的要素を含んでいる点である。 …

血氣形志篇第二十四.

この篇には、臓腑・経絡それぞれの気血の多寡と、身体と精神の状態によって生じやすい病を中心として記述されている。 最初には、まずは各臓腑・経絡の気血の多少について記載されている。 これを経絡の気血の多少としている意訳がほとんどであるが、気血が…

宣明五氣篇第二十三.

本篇は、臨床に直接用いて有用な内容が豊富に記されている。 患者の置かれている状況や労働形態が、その体質や病の状況と密接に関係していることが十分に読み取れ、現代においても、十分応用ができる、普遍的な内容である。 例を挙げると、現代においては、…

藏氣法時論篇第二十二.

一年の気の盛衰は、同様に十干の十日間と一日における十二支(刻)と同じであることを前提にして書かれており、部分は全体の反映でもあり、全体は部分の在り様を現すという東洋哲学に基づいて書かれている。 この篇で記載されている病が、臓にある場合の病因…

經脉別論篇第二十一.

本篇の題名に「別論」とあるが、通常の経脉については、『霊枢・経脉、経別、経水、経筋』の各篇にまとまって記載されているが、『素問』の中にまとまった説明はされていない。 この篇から察するに、経脉と臓象との関係を中心に述べているように思われる。 …

三部九候論篇第二十.

筆者はここで記されている、三部九候の脈診は採用していない。 その理由は、三部九候の脈診が、繁雑に過ぎて九候をひとつにまとめ上げ、認識する力量がないということがあげられる。 しかしながら実際の臨床においては、宝物の如く多くの示唆を与えてもらっ…

玉機眞藏論篇第十九.(4)

いよいよ最終段であるが、ここでもまた極めて重要なことがいくつか記載されている。 患者と相対して、症状がどのようであるのかということよりも、体つきや顔色、脉の状態などから正気と病邪の盛衰をまずしっかりと掴むことの重要性が説かれている。 そして…

玉機眞藏論篇第十九.(3)

ここでは、『胃の気』の重要性について記述されている。 『胃の気』については、ここに至るまでに内経医学の中で何度も触れられているが、何故か現代中医学では重要視されていないのが、不思議に思える。 日本では、この『胃の気』を重視する古流派が多い。 …

玉機眞藏論篇第十九.(2)

ここでは、病の伝変を五行の相生・相剋関係で説いているが、多くの疑問を感じる。 五行論に疑いを持ってしまえば、この医学が成り立たなくなるほど深く根付いている理論ではあるが、これまで何度か述べてきたように、五行論は使い方次第であると、筆者は考え…

玉機眞藏論篇第十九.(1)

本編は、玉版に記して毎日読み返すことを促している。 おそらく、これらの内容を丸暗記するのではなく、これらの内容から「いち」を掴み取りなさいとのことであると、筆者は感じている。 四季の変化につれて、人間もまた期を一にして変化するのだということ…

平人氣象論篇第十八

本篇は表題のように、一般的な健康人の脈象を異常な脈象と対比させて述べようとしているのであろう。 ともすれば、異常な脈象の解明に意識が向きがちだが、やはり四季に適った正常な脈象を捉え、自然に適った脈象に戻すという術者の意識が必要である。 自然…

脉要精微論篇第十七(2)

脈診に熟達するには、望診や問診などから得られた情報に照らし合わせて診ていく重要性が説かれている。 脈象と症状は、固定的に捉えるのではなく、やはり陰陽・表裏・寒熱・虚実の八綱を胸の内においてイメージすることが大切だと、筆者は理解している。 根…

脉要精微論篇第十七(1)

本篇は、題名の通り脈診の際の、要領や脈状などを説いているが、それだけでなく望診術や聞診術、夢と身体の相関性など、多彩な内容を含んでいる。 臨床に照らし合わせるには、十分すぎる内容である。 初学のころ、難解とされる脈診術へ、手を取っていざなっ…

診要經終論篇第十六

本篇は、表題の通り診察の要となることと、経気が尽きてしまう症候について記載されている。 その際、四季の変化に従って陰陽は消長し、人体の気の流れの深浅も変化するという大前提。 これは、内経医学に一貫している天人相応思想である。 人工的な環境に身…

玉版論要篇第十五

本篇は、難解に感じるところが多いのだが、大いに臨床に用いることのできる記述も散見できる。 もちろん、読解者の力量に依るのではあるが。 筆者は、顔面の気色の深浅が物語る意味合いと、気色の上下の変化が非常に重要に感じている。 気色の深浅は、そのよ…

湯液醪醴論篇第十四

本篇は、前篇 『移精変気論』の続編のようにして読むのが、宜しいように考える。 時代が下がるにつれて、病気の質は深刻化し、治らない病が増加の一途である。 その原因のひとつには、本文にあるように、鍼灸医学を担う者が、鍼の妙道に達していないことが挙…

移精變氣論篇第十三

本篇は、東洋医学の最も東洋医学たらんとする。核心部分について触れていると感じている。筆者にとっては、特に思い入れの大きいところで、ここで述べられていることを治療の軸に据えようと、これまで努力してきたからだ。 鍼灸医学は気を扱う医学であるが、…

異法方宜論篇第十二.

本篇は、三国志以前の広大な大陸と、そこに住む人々の生活がどのようなものであったのか、自ずと思いが馳せる。 各種の養生法や治療法が伝播した背景に、広大な大陸を移動していた人々の「気」の壮大さを感じる。 文明というのは、広大な大陸が生み出す多種…

五藏別論篇第十一

本篇では、臓と腑の生理的特徴と、寸口部位の脈の大事。さらに、患者の精神状態を把握することの重要性を説いている。 患者の心と意識状態が、治療結果に大きく影響することを、この篇で少し触れているが、内経医学では、この点にかなりの重点を置いているよ…

五藏生成論篇第十(2)

本篇の後半は、顔に現れる色を脈状と兼ね合わせ、論じられている。 また鍼灸医学独特の世界観に基づいた病因病理が記載されており、さらに診察に当たっては、何が大切であるかを説いてある。 一定の理論を示しながらも、やはり治療者の感覚に訴えてきている…

五蔵生成論篇第十(1)

本篇は、六節蔵象論の後半に説かれている五臓の臓象と基に、脉・皮・肌・肉・骨の五体、酸・苦・甘・辛・鹹の五味、青・赤・黄・白・黒の五色を関連付けている。 とりわけ五色については詳細に説かれており、望診術がいかに重要であるのか。さらに、言葉で表…

六節蔵象論篇第九 (3)

本篇の後半には、鍼灸医学に欠くことのできない臓象の一端が記載されている。 文字を覚えることも大切だが、古人がこれまで自然界を認識してきた、その眼差しを感得することこそが肝心要のところである。 知識として文字を覚えるだけだと、死に体となって臨…

六節蔵象論(九) (2)

異常気象というのは、なにも今に始まったことではなく、やはり太古よりしばしば起こっていたことが本編の内容から推測することができる。 異常気象によって、世界的に感染症が大流行したのも、一度や二度ではなかったはずである。鍼灸医学は、その度に、死な…