鍼灸医学の懐

黄帝内経の意訳と解説 最後に原文と読み下しを記しています。

刺禁論篇第五十二.

もうすぐ梅雨明けでしょうか


 この篇では、禁鍼穴と過誤の起こりやすい部位を明確にし、同時に深く刺すことを戒めている。

 この篇を読み返す度に、病に苦しむ人を、治してあげたいという想いで行った鍼治療で、反って患者が目の前で悪化したり死亡する情景に接して、術者はどのような気持ちになったのだろうかと想像してしまう。

 治すことが出来ないと、治療者も病人も共に苦しむものだ。まして悪化・死亡など、あってはならないことが、過去に起きたからこそ、ここに記述されているのである。

 このことに深く思いを至らせて、過誤の無いように努めるのは最低のことで、術者は、はるかにそれ以上のでなければならない。

 深刺しと局所治療は、よほどの根拠がない限り、施すべきでないというのが筆者の考えである。

 内経医学では、全身の『気の偏在』を視野に入れ、心身ともに人としての本来の姿に戻すことを第一の目的として刺鍼する。

 外後頭隆起の下方、腦戸穴・瘂門穴に深刺しして、脳に中ると即死であるとの記載は、当時から脳の重要性を一定認識していることが知れる。

 にもかかわらず、内経医学では脳は腎精の余りであるとして、さほど重要視していないのは、重要である。

 そして東洋医学では、生命の中枢は脳ではなく、五臓に求めている。

 西洋医学とは、人体観・生命観が異なるためである。

 実際の臨床において、現代医学的に脳の疾患と診断されたものであっても、五臓の虚実を調えることで治癒した筆者の臨床症例は、数えてはないがかなり存在する。

 現代医学的病名は、参考にはなるが東洋医学とは世界が異なる。

 現象として現れている症状を無視するのではないが、それにとらわれず全体性の回復を図り、結果として症状が消失するのが東洋医学の基本的な視点であることを、再確認しておきたい。

 



原 文 意 訳

 黄帝が問うて申された。願わくば、刺鍼に際しての禁忌を聞きたいのであるが。

 岐伯が申された。

 臓には要害となるところがございますので、必ずこれらを知っておかなくてはなりません。

 肝の気は、左に生じまして、肺の気は右に蔵されております。

 心の気は、表在部を流れており、腎の気は深在部を流れて諸臓を治めております。


 脾は土で中央でありますれば、他の四臓それぞれの必要に応じて気血を送り、胃は水穀五味が聚る所であります。

 膈の上は、人体の父母である心肺があり、七節下・至陽穴の傍ら膈兪穴には、心の気の根である腎気が昇ってきております。

 これらのことを十分にわきまえて治療すれば福とすることが出来ますが、そうでなければ咎を負うことになります。

 もし、刺して心に中れば一日で死し、その変動は噫(おくび)となって現れます。

 同様に、刺して肝に中れば五日で死し、その変動はやたらと多言となって現れます。

 刺して腎に中れば、六日で死し、その変動は嚔(くさめ=くしゃみ)となって現れます。

 刺して脾に中れば、十日で死し、その変動は呑(どん)、つまり嚥下困難な状態に現れます。

 刺して胆に中れば、一日半で死し、その変動は、嘔(おう)、つまり吐き気となって現れます。

 刺して足の甲の大きな脉に中りますと、出血が止まらず死します。

 刺して顔面の脉の支別が浮いて見える溜脉に中りますと、不幸にして失明致します。

 刺して頭の腦戸に中りますと、鍼が脳に入って即死致します。

 刺して舌下の脉に中り、それが大いに過ぎますと出血が止まらなくなり、瘖(いん)、つまり言語障害になります。

 足下に分布する絡を刺し、脉に中ってしまうと、内出血となるので腫れて参ります。

 郄中、つまり委中穴の大脉に中りますと、顔面の気色を失い昏倒致します。

 気街、つまり気衝穴に刺して脉に中り、出血しない場合は鼠蹊部が腫れます。

 椎間を刺し、髄に中りますとせむしとなります。

 乳の上を刺して乳房に中りますと、腫れて内部から腐って参ります。

 缺盆穴の中を刺し、深刺しすると気が泄れ、あえぎながら咳をするようになります。

 手の魚腹を刺し、深刺しすると腫れて参ります。

 大いに酒に酔っているものを刺してはなりません。陽気過多であるので、気が乱れて収拾がつかなくなります。

 大いに起こっているものを刺してはなりません。怒気で上逆しているのが、さらにひどくなります。

 その他、疲労困憊している人、食後満腹となっている人、大いに餓えている人、大いに渇している人、大いに驚いて気が乱れている人、これらの人は、刺してはなりません。

 ですので、疲労困憊している人はしばらく休ませ回復を待ち、満腹の人は飲食が臓腑になじむのを待ち、餓えているものは少し食を進め、渇しているものは少し飲水をさせ、驚いて乱れている気が落ち着つくのを待ってからなど、刺鍼までには工夫が必要であります。

 陰股、つまり股の内側を刺して大脉に中り、出血が止まらなければ死します。

 客主人(上関)穴を深刺して脉に中りますと、頭内の気が漏れ、聾となります。

 膝蓋骨を刺し、液が出るとビッコとなります。

 腕の太陰脉を刺し、出血が多いと、たちどころに死します。

 すでに虚している足少陰を刺し、重ねて出血させて虚となりますと、舌が思うように動かなくなり言葉も話せなくなります。

 胸を深刺しし、肺に中りますと喘いで仰向けになって呼吸するようになります。

 肘窩を深刺し、気が鬱滞すると肘の屈伸が出来なくなります。

 大腿内側の下三寸を深刺しすると、小便を失禁するようになります。

 少腹を刺し、膀胱に中りますと腹腔内に小便が流出し、少腹が満となります。

 ふくらはぎを深刺しすると、その部位が腫れます。

 眼窩を刺して、脉に中りますと、涙が漏れ出たり失明致します。

 関節を刺し、液が出ると屈伸できなくなります。 



原文と読み下し

黄帝問曰.願聞禁數.

岐伯對曰.

藏有要害.不可不察.

肝生於左.

肺藏於右.

心部於表.

腎治於裏.

脾爲之使.

胃爲之市.

鬲肓之上.中有父母.七節之傍.中有小心.從之有福.逆之有咎.


黄帝問うて曰く。願わくば禁數を聞かん。

岐伯對して曰く。

藏に要害有り。察せざるべからず・

肝は左に生ず。

肺は右に藏す。

心は表に部す。

腎は裏に治まる。

脾はこれが使たり。

胃はこれが市たり。

鬲肓の上、中に父母有り。七節の傍、中に小心あり。これに從えば福有り。これに逆えば咎有り。 


刺中心.一日死.其動爲噫.

刺中肝.五日死.其動爲語.

刺中腎.六日死.其動爲嚔.

刺中肺.三日死.其動爲欬.

刺中脾.十日死.其動爲呑.

刺中膽.一日半死.其動爲嘔.


刺して心に中れば、一日にて死す。其の動は噫を爲す。

刺して肝に中れば、五日にて死す。其の動は語を爲す。

刺して腎に中れば、六日にて死す。其の動は嚔を爲す。

刺して肺に中れば、三日にて死す。其の動は欬を爲す。

刺して脾に中れば、十日にて死す。其の動は呑を爲す。

刺して膽に中れば、一日半にて死す。其の動は嘔を爲す。


刺跗上.中大脉.血出不止死.

刺面中溜脉.不幸爲盲.

刺頭中腦戸.入腦立死.

刺舌下中脉太過.血出不止.爲瘖.

刺足下布絡中脉.血不出.爲腫.

刺郄中大脉.令人仆脱色.

刺氣街中脉.血不出.爲腫鼠僕.

刺脊間.中髓.爲傴.

刺乳上.中乳房.爲腫根蝕.

刺缺盆中.内陷氣泄.令人喘欬逆.

刺手魚腹.内陷爲腫.


跗上を刺して大脉に中れば、血出でて止ざれば死す。

面を刺して溜脉に中れば、不幸なるは盲を爲す。

頭を刺して腦戸に中れば、腦に入れば立ちどころに死す。

舌下を刺して脉に中ること太過なれば、血出でて止まざれば、瘖となる。

足下の布絡を刺して脉に中り、血出でざれば、腫となる。

郄中の大脉を刺せば、人をして仆(たお)れ色脱せしむ。

氣街を刺し脉に中りて、血出でざれば、鼠僕は腫となる。

脊間を刺し、髄に中れば、傴(く)となる。

乳上を刺し、乳房に中れば、腫れて根蝕む。

缺盆の中を刺し、内陷して氣泄れれば、人をして喘し欬逆せしむ。

手の魚腹を刺して、内陷すれば腫となる。 


無刺大醉.令人氣亂.

無刺大怒.令人氣逆.

無刺大勞人.

無刺新飽人.

無刺大饑人.

無刺大渇人.

無刺大驚人.


大醉を刺すこと無かれ。人をして氣亂れしむ。

大怒をを刺すこと無かれ。ひとをして氣逆せしむ。

大勞の人を刺すこと無かれ。

新飽の人を刺すこと無かれ。

大饑の人を刺すこと無かれ。

大渇の人を刺すこと無かれ。

大驚の人を刺すこと無かれ。 


刺陰股中大脉.血出不止死.

刺客主人.内陷中脉.爲内漏.爲聾.

刺膝髕.出液爲跛.

刺臂太陰脉.出血多.立死.

刺足少陰脉.重虚出血.爲舌難以言.

刺膺中.陷中肺.爲喘逆仰息.

刺肘中.内陷氣歸之.爲不屈伸.

刺陰股下三寸.内陷.令人遺溺.

刺掖下脇間.内陷.令人欬.

刺少腹.中膀胱溺出.令人少腹滿.

刺腨腸.内陷.爲腫.

刺匡上.陷骨中脉.爲漏爲盲.

刺關節中.液出.不得屈伸.


陰股を刺し大脉に中り、血出でて止まざれば死す。

客主人を刺し、内陷して脉に中れば、内漏を爲し、聾となる。

膝髕(しつひん)を刺し、液出ずれば跛(は)となる。

臂の太陰の脉を刺し、出血多ければ、立ちどころに死す。

足の少陰の脉を刺し、重ねて虚し血出だせば、舌言うを以て難きを爲す。

膺中を刺し、陷して肺に中れば、喘逆し仰息となる。

肘中を刺し、内陷し氣これに歸すれば、屈伸せざるを爲す。

陰股の下三寸を刺し、内陷すれば、人をして遺溺せしむ。

掖下脇間を刺し、内陷すれば、人をして欬せしむ。

少腹を刺し、膀胱に中りて溺出ずれば、人をして少腹滿せしむ。

腨腸(せんちょう)を刺し、内陷すれば、腫を爲す。

匡上(きょうじょう)の陥骨を刺して脉に中れば、漏を爲し盲を爲す。

關節の中を刺し、液出ずれば、屈伸を得ず。 


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