鍼灸医学の懐

黄帝内経の意訳と解説 最後に原文と読み下しを記しています。

湯液醪醴論篇第十四




 本篇は、前篇 『移精変気論』の続編のようにして読むのが、宜しいように考える。

 時代が下がるにつれて、病気の質は深刻化し、治らない病が増加の一途である。


 その原因のひとつには、本文にあるように、鍼灸医学を担う者が、鍼の妙道に達していないことが挙げられている。


 次いで治療者の心持がまるでなっていないこと。


 誠に、耳の痛いことである。


 そしてまた、病の裏に潜む、患者の側の嗜欲を如何にして鎮めるのか。

 このような治病に対する視点は、数千年も前からすでに東洋医学は持ち合わせていたのである。

 このことは、最も重要なことであり、病人の嗜欲こそが病気の根であるとする視点は、今も昔も変わらず、医の大家が伝えて来たことである。



 『病気を治すのではなく、人を治す』


 人間的に未熟で、不完全である自分が、どのようにして人を治すのか。

 
 羅針盤の針は、どこを指し示しているのか。


 古典の中に、その方向が示されている。

 


 古人は、「医は仁術たり」 と。


 丹波康頼(912-995) はその著書 『医心方』の中で、以下のように書き記す。


「大医の病いを治するや、必ずまさに神を安んじ志しを定め、欲することなく、求むることなく、先に

大慈惻隠の心を發し、含霊の疾を普救せんことを誓願すべし」








原 文 意 訳


  黄帝が、問うて申された。

五穀を用いた湯液と醪醴(ろうれい)を作るには、どのようにすればよいのか。


岐伯がそれに対して申された。

必ず稲米を用いまして、稲の藁で炊くのでございます。

稲米は、すべての気が整った完全食でありまして、稲の藁は堅く充実しておるからであります。


帝が申された。

そのようなこと、なにを根拠としているのか。


岐伯が申された。

これは天地陰陽の調和した気と、適切な高下の地気を受けたものであるからであります。

従いまして、稻米は、この上もなく完全食となり、刈り取るときもまた秋の収斂の気を得ておりますので、稲藁は堅く、薪として、これ以上適したものは無いのであります。


帝が申された。

上古における聖人は、湯液と醪醴酒(ろうれいしゅ)を作られておられた。

しかしながら、それを用いることが無かったのは、どのような理由からだろうか。


  岐伯が申された。

いにしえより、聖人が湯液と醪醴酒を作られたのは、備えとすることにのみ、その目的がございました。

なぜならば、上古の聖人は、未病治を行っておりましたので、それらを服用させることも無かったからであります。

 中古の世になりますと、道徳がやや衰えて参りましたので、時に邪気に感じるようになりました。

従いまして、万全を期すため、これを服用させたのであります。


帝が申された。

今の世は、以前の世と違って、必ずしも病が治らないようだが、どのようなわけであろうか。


 岐伯が申された。

今の世は、病になりましたら必ず毒薬を用いて内を攻め、切開用の刃物や鍼灸を用いてその外を攻めて治療いたします。


 帝が申された。 

そのように治療を試みても、身体は疲弊して血も尽きてしまい、治療効果がないのはどのようなわけであろうか。


 岐伯が申された。

 神をつかんでいないからであります。


 帝が申された。

 神をつかんでいないとは、どういうことであろうか。


 岐伯が申された。

 鍼石の道のことであります。

治療者が鍼の妙道を得ていない上に、病人を治そうとする精神も進まず、志意が安定していないので、病が癒えないのでございます。

 さらに今、病人の精は壊れて神も去ろうとしておりますので、営衛の気は再び正常に治まることも無いのであります。

 なんとなれば、病人の心には、あれもこれも欲しい、これもあれもやりたいと嗜欲に切りがなく、そのために心中は憂い患いの鎮まる時がございません。

ですから病人の精気は弛んで散り壊れ、榮氣は渋り、衛気はその守りを解いてしまいます。

このような有り様でありますから、神は病人の体から去ろうと致しますので、病は癒えないのであります。


帝が申された。

 病が生じ始めたときは、非常に微細であり、邪気は必ずまず皮膚に入っていすわるのであった。

 いま、良医が皆病に罹ったと言って、これを逆証と判断すると、鍼石で治療することができず、良薬もまた及ばない。

 しかし今の良医は、治療の原則を体得しており、治療順序もしっかりと守っているではないか。

しかも患者の遠近の親戚兄弟などが、毎日患者の声を耳にし、五色の顔色を目にしながら看病しているのに病が癒えない。

どうしてこんなに治療に時間がかかり、早く治せないのであろうか。


岐伯が申された。

 病は、本であります。医師の治療は、摽であります。

 標本がぴったりと合わないと、邪気が服して病が治らないとは、つまりこのことであります。



帝が申された。

 通常、病は肌表の毫毛から生じ次第に臓腑に至るのであるが、そうではなく、内なる五臓の陽気が尽きてしまうことがある。

 そして津液は胸郭に充満し、全身の気を主る魄気は他臓と協調性を無くし、体内の精は孤立して動くことが出来ず、体外の陽気は消耗し、むくみが生じて身体と衣服が合わなくなってしまう。

 さらに手足が引きつり、身体内に動悸を感じるようになる。

これは身体内で気と精が協調せず、身体が力なく緩んでしまっている状態であるが、これを治療するには、どのようにすればよいのか。


岐伯が申された。

 まずは陰陽・気血の不均衡を治して調和させ、鬱積した瘀血やしこりを去り、切り藁のようにザラザラで凸凹になっているところを平らに伸ばします。

そうしましてから、手足を少しずつ動かして気血をめぐらせ、衣服をかけて温め細絡を繆刺しまして、再びもとのように気血を流通させます。

 そうしましてから、毛穴を開いて発汗を促し、膀胱を浄めて小便を通じさせますと、陰精は次第に陽気に従うようになります。

そうなりますと、五臓の陽気が全身に行き渡るようになりますので、五臓に停滞していた汚濁もまた洗い除かれて通じるようになります。

 ここまでまいりますと、自ずと精は新たに生じ、身体もまた自ずと壮盛となり、筋骨も調和を維持するようになりまして、陰陽が整った元気を回復するのであります。

 帝が申された。

なるほど・・・そうであったか。



原文と読み下し


黄帝問曰.爲五穀湯液及醪醴奈何.
岐伯對曰.必以稻米.炊之稻薪.稻米者完.稻薪者堅.

黄帝問うて曰く。五穀の湯液及び醪醴(ろうれい)を爲すこといかなるや。
岐伯對して曰く。必ず稻米を以て、これを炊くに稻薪をもってす。稻米なる者は完なり。稻薪なる者は堅なり。

帝曰.何以然.
岐伯曰.此得天地之和.高下之宜.故能至完.伐取得時.故能至堅也.

帝曰く、何を以て然るや。
岐伯曰く。此れ天地の和、高下の宜しきを得る。故に能く至完たり。伐り取るに時を得る。故に能く至堅たり。

 
帝曰.上古聖人作湯液醪醴.爲而不用.何也.
岐伯曰.
自古聖人之作湯液醪醴者.以爲備耳.夫上古作湯液.故爲而弗服也.
中古之世.道徳稍衰.邪氣時至.服之萬全.

帝曰.上古聖人湯液醪醴作.爲而不用.何也.
岐伯曰く。
古より聖人の湯液醪醴、これを作すは、以て備えと爲すのみ。夫れ上古、湯液を作すの故は、爲して服せざるなり。
中古の世、道徳稍(やや)衰え、邪氣時に至る。これを服して萬全たり。
 
帝曰.今之世不必已.何也.
岐伯曰.當今之世.必齊毒藥攻其中.石鍼艾治其外也.

帝曰く。今の世必ずしも已(しか)らざるは、何なるや。
岐伯曰く。當今の世、必ず毒藥もて其の中を攻めて齊(ととの)え、石(ざんせき)鍼艾もて其の外を治するなり。

帝曰.形弊血盡.而功不立者何.
岐伯曰.神不使也.

帝曰く。形弊(やぶ)れて血盡(つ)き、而(しか)して功立たざる者は、何なるや。
岐伯曰く。神不使なればなり。

帝曰.何謂神不使.
岐伯曰.
鍼石道也.精神不進.志意不治.故病不可愈.
今精壞神去.榮衞不可復收.
何者.嗜欲無窮.而憂患不止.精氣弛壞.榮泣衞除.故神去之而病不愈也.

帝曰く。何を神不使と謂うや。
岐伯曰く。
鍼石の道たるや、精神進まず、志意治まらず。故に病愈ゆべからず。
今精壞し神去り、榮衞復た收むべからず。
何んなる者や。嗜欲は窮りなくして、憂患止ず。精氣弛み壞し、榮泣して衞除かる。故に神之を去りて病愈えざるなり。

帝曰.
夫病之始生也.極微極精.必先入結於皮膚.
今良工皆稱曰病成.名曰逆.則鍼石不能治.良藥不能及也.
今良工皆得其法.守其數.親戚兄弟遠近.音聲日聞於耳.五色日見於目.而病不愈者.亦何暇不早乎.
岐伯曰.
病爲本.工爲標.
標本不得.邪氣不服.此之謂也.

帝曰く。
夫れ病の始めて生ずるや、極めて微、極めて精なり。必ず先ず入りて皮膚に結す。
今良工皆稱して曰く。病成りて名づけて逆と曰く。則ち鍼石治すること能わず。良藥及ぶこと能わざるなり。
今良工皆其の法を得、其の數を守る。親戚兄弟遠近、音聲日に耳に聞き、五色日に目に見、而して病愈ざらぬ者は、亦た何の暇(いとま)して早からざらんや。
岐伯曰く。
病は本と爲し、工は標と爲す。
標本得ざれば、邪氣服せず。此れこれを謂うなり。

帝曰.其有不從毫毛而生.五藏陽以竭也.津液充郭.其魄獨居.孤精於内.氣耗於外.形不可與衣相保.此四極急而動中.是氣拒於内.而形施於外.治之奈何.

帝曰く。其の毫毛より生ぜず、五藏の陽以て竭きること有るなり。津液郭に充ち、其の魄獨り居す。精内に孤し、氣外に耗す。形衣と相い保たず。此れ四極急して中動ず。是れ氣内に拒み、形外に施す。これを治するにいかなるや。
岐伯曰.
平治於權衡.去宛陳.微動四極.温衣繆刺其處.以復其形.
開鬼門.潔淨府.精以時服.五陽已布.疏滌五藏.故精自生.形自盛.骨肉相保.巨氣乃平.
帝曰善.

岐伯曰く。
權衡を治して平らにし、宛(えん)を去り、莝(ざ)を陳す。微かに四極を動かし、温衣して其の處を繆刺し、以て其の形を復す。
鬼門を開き、淨府を潔(きよ)め。精は以て時に服し、五陽已に布き、五藏を疏滌す。故に精自ずと生じ、形自ずと盛ん、骨肉相い保ち、巨氣は乃ち平らかなり。

帝曰く、よし。


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