鍼灸医学の懐

黄帝内経の意訳と解説 最後に原文と読み下しを記しています。

異法方宜論篇第十二.




 本篇は、三国志以前の広大な大陸と、そこに住む人々の生活がどのようなものであったのか、自ずと思いが馳せる。

 各種の養生法や治療法が伝播した背景に、広大な大陸を移動していた人々の「気」の壮大さを感じる。

 文明というのは、広大な大陸が生み出す多種多様な気候風土に培われた生活様式・習慣を持つ人々が、まさに溶鉱炉のような大きな器の中で、万人に通用するように洗練された様式の集まりだともいえる。

 日本の地理的・気候風土を思うとき、大陸で洗練された物事が、さらに小さな器の中で純化・精密化されるのは、必然のように思う。

 量的には大陸が勝り、質的には日本が勝るのではないか・・・個人的な想像である。

 これは人間の優劣ではなく、天地が創り出した美しいバリエーションにすぎない。


 同じ病に対して、治療が異なるのは東洋医学の真骨頂である。

 鍼治療に限って見ても、正邪の盛衰と病の成り立ちによって、その攻め方、治療法は異なる。

 勝ち戦なら、その場で決することは、なにも珍しいことではない。

 日本は海に面する山国であるが、現代日本における有様をみると、中央の域の民に相応する感が強い。

 本篇で紹介されている導引・按蹻に対しては、『一の会・養生講座』で、永松周二先生を中心にその取り組みを始めた。

 興味のある方は、門戸はすでに開いておりますので、訪ねて来てください。

                   





原 文 意 訳

 黄帝が問うて申された。

医師が病を治療する場合において、同じ病であるのにもかかわらず、その治療法がそれぞれ異なっている。

それにもかかわらず全て治癒しているのは、どのような訳であろうか。

 岐伯がそれに対して申された。

それは土地の気候・風土が異なっているからであります。


 たとえば、東方の地域は、天地の気が生じ始める所でありまして、その民は魚と塩が豊富で水の傍らの海浜に住居しております。

 ここに住む民は、主に魚を食べて鹹味を嗜み、この地に安住し、魚塩などの食物を美味しいものとしておるのであります。

ところが、魚は、臓腑に熱を持たせます。また五蔵生成論で述べましたように、塩は腎に入りましてこれに偏りますと、心気に影響しまして血脉の流れが渋るようになります。

従いまして、この地域の民の肌は黒く、肌の肌理(きめ)もまた粗いのであります。

さらにこの地域の病は、血脈が渋り臓腑の熱とが相まって、癰瘍という腫れものを生ずることが多いのであります。

治療法は、石(へんせき)と申します石製のメスを用いて、外科的な処置を用いるのが宜しいのであります。

従いまして、石を用いた治療法は、東方より伝来したのであります。


 西方の地域は、金属や大理石を産し、砂や岩石が多く、天地の気が収引するところであります。

 ここに住む民は、尾根が連なる丘陵に住んでいるので、風当たりが多く、気候は剛強で厳しいのであります。

 その民は、衣服を用いず、毛布を身にまとい、草で作った寝ゴザを用います。

 そして肉を食べますので、脂でよく肥えております。従いまして、外邪は肉体を傷ることが出来ませんが、臓腑に病を生じてしまいます。

 このような病には、毒薬を用いて臓腑を洗い流すのが宜しいのであります。

従いまして、毒薬を用いた治療法は、西方より伝来したのであります。


 北方の地域は、天地の気が堅く閉ざされ、高い尾根が連なる丘陵に住んでおり、寒風が峻烈なところであります。

ここに住む民は、天幕を用いて遊牧生活を好み、乳製品が食生活の中心であります。

そのために内臓が寒え、胸やお腹の水分代謝異常を起こし、胸腹がパンパンに脹れる脹滿という病を生じてしまいます。

 このような病には、灸療法で温め、気を巡らせるのが宜しいのであります。

従いまして、灸治療は、北方より伝来したのであります。


 南方の地域は、天地の気が万物を養い成長させる、陽気が最も盛んなところであります。 

その土地は低く、気候は温和で霧露の多く発生するところであります。

ここに住む民は、酸味を嗜み、発酵させたものを食べております。

従いまして、その民は皆肌のキメが細かく赤い色をしております。

その病は、多湿による筋の痙攣や痺れや麻痺などの病を生じてしまいます。

 このような病には、毫鍼による鍼治療が宜しいのであります。

従いまして、九種の鍼を使い分ける治療は、南方より伝来したのであります。


 中央の地域は、大地が平らで湿気が多く、天地の気が万物を生じ育てる条件が集まっております。

 ここに住む民は、多種多様の物を食べ、あまり労働することもありません。

従いまして、その病の多くは寒熱どちらかに偏って、萎えてくる痿弱、冷えのぼせて来る厥逆などの病を生じてしまいます。

 このような病には、導引、按蹻などによって、直接肉体に触れたり動かしたりすることで、気をめぐらせる養生法や治療法が宜しいのであります。

 従いまして、導引、按蹻は、中央より発生して広まっていたのであります。


 従いまして、聖人とまで呼ばれる医師は、多種多様な治療法を以て患者に臨み、その患者の容態を診て最も有効な手立てを用いるのであります。

ですから、同じ病であっても治療法は異なるにも関わらず、すべて治癒するのであります。

これは病の病因病理や正邪の趨勢などを把握し、自然の法則に適った治療法に通じているからであります。


原文と読み下し


黄帝問曰.醫之治病也.一病而治各不同.皆愈何也.
岐伯對曰.地勢使然也.

黄帝問うてく。の病を治するや、一病にして治各おのじからずして、ゆるはや。
岐伯對して曰く、地勢の然らしむるなり。

故東方之域.天地之所始生也.魚鹽之地.海濱傍水.其民食魚而嗜鹹.皆安其處.美其食.魚者使人熱中.鹽者勝血.故其民皆黒色疏理.其病皆爲癰瘍.其治宜.故者.亦從東方來.

故に東方の域、天地の始めて生ずる所なり。魚鹽(えん)の地、海濱にして水に傍う。其の民魚を食して鹹(かん)を嗜む。皆其の處に安んじ、其の食を美(うまし)とす。魚なる者は、人をして中を熱せしめ、鹽なる者は血に勝つ。故に其の民皆色黒にして疏理なり。其の病皆癰瘍を為す。其の治は石に宜し。故に石なる者は、東方より來たる。

西方者.金玉之域.沙石之處.天地之所收引也.其民陵居而多風.水土剛強.其民不衣而褐薦.其民華食而脂肥.故邪不能傷其形體.其病生於内.其治宜毒藥.故毒藥者.亦從西方來.

西方なる者は、金玉の域、沙石の處、天地の收引する所なり。其の民陵に居して風多く、水土は剛強たり。其の民衣せずして褐薦(かっせん)す。其の民華食して脂肥ゆ。故に邪其の形體を傷ること能わず、其の病内に生ず。其の治は毒藥に宜し。故に毒藥なる者は、亦た西方より來たる。

北方者.天地所閉藏之域也.其地高陵居.風寒冰冽.其民樂野處而乳食.藏寒生滿病.其治宜灸炳.故灸炳者.亦從北方來.

北方なる者は、天地閉藏する所の域なり。其の地は高く陵に居し、風寒く冰冽(ひょうれつ)たり。其の民野處するを樂しみて乳食す。藏寒して滿病を生ず。其の治は灸炳(きゅうへい)に宜し。故に灸炳なる者は、亦た北方より來たる。

南方者.天地所長養.陽之所盛處也.其地下.水土弱.霧露之所聚也.其民嗜酸而食.故其民皆緻理而赤色.其病攣痺.其治宜微鍼.故九鍼者.亦從南方來.

南方なる者は、天地の長養する所、陽の盛處する所なり。其の地は下(ひく)く、水土弱し。霧露の聚る所なり。其の民酸を嗜なみ(ふ)を食す。故に其の民皆緻理にして赤色。其の病攣痺(れんぴ)す。其の治は微鍼に宜し。故に九鍼なる者は、亦た南方より來たる。

中央者.其地平以濕.天地所以生萬物也衆.其民食雜而不勞.故其病多痿厥寒熱.其治宜導引按.故導引按者.亦從中央出也.

中央なる者は、其の地平にして以て濕す。天地の萬物を生じること衆(おお)き所以なり。其の民雜を食し勞せず。故に其の病痿厥寒熱多し。其の治は導引按に宜し。故に導引按なる者は、亦た中央より出でたり。
 
故聖人雜合以治.各得其所宜.故治所以異.而病皆愈者.得病之情.知治之大體也.

故に聖人雜合し以て治し、各おの其の宜しき所を得る。故に治異なりて病皆愈ゆる所以の者は、病の情を得て、知の大體を知ればなり。


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