鍼灸医学の懐

黄帝内経の意訳と解説 最後に原文と読み下しを記しています。

移精變氣論篇第十三




 本篇は、東洋医学の最も東洋医学たらんとする。核心部分について触れていると感じている。

筆者にとっては、特に思い入れの大きいところで、ここで述べられていることを治療の軸に据えようと、これまで努力してきたからだ。

 鍼灸医学は気を扱う医学であるが、この医学を扱う術者の目に、人間がどのように映っているのかを推し測るに十分な内容だろうと考えている。

 要となる真実は、簡単だからこそ正確なのである。

 複雑なものは、時代や状況の変化に耐えることができず、消え去っていくものである。

 本篇の中に、『祝由(しゅくゆ)』というものが出てくるが、これをまじないであるとか、心理療法と解釈するのは、現代人の狭小な目で見ているにすぎない。

 祝由がどのようなものであったのかは、明の時代に祝由科というものが存在していたが、明の時代の祝由が紀元前の内経医学の祝由と同じものであったのかどうかまでは、筆者の認識は及ばない。

 ただ太古の人々は、自然界の精霊や神の存在を、ただ単に信じていたというレベルではなく、実感として肌身で感じていたことだけは、確かだろうと確信している。

 我々現代人は、精霊や神を失ってしまったのである。

 もはやこれらの存在を、観念的にしか捉えることができない。

 祝由の意訳は、筆者の感覚に応じて大胆に行ってみた。

 現代人がすでに失ってしまった、心と身体の感覚を、太古の人々は持ち合わせていた。

そして時代が下がるにつれ、人々が失いつつあるものと反比例するかのように、病気の質も悪化し、数も増加していった過程は、

現代が今まさに、『その時』である。

 



原 文 意 訳
 

 黄帝が問うて申された。

 余は、いにしえの治療方法は、ただ単に、偏った精の重心を元に戻してやり、病者の気持ちを変えるために、神前で祝詞を上げ、病となった由来を神のお告げによって賜わっていた。

そして神のお告げにより病者は、心に秘していたあらいざらいの一切を、神に告げ、自己を改め許しを乞うことで、心身共にすっきりとし、自然に病も癒えていたと聞いている。

 ところが今の世では、毒薬を用いて内側から治療し、鍼石を用いて外側から治療しているにも関わらず、治ったり治らなかったりするのは、一体どういう訳であろうか。


岐伯が対して申された。

 大昔の人々は、鳥や獣と共に生活し、冬季は身体を動かして寒を避け、夏季は木陰に入って暑さを避けておりました。

 内面的には、過去を振り返って、過ぎ去ったことに捕われ煩うこともなく、外に対しては、制度や規則に縛られながら出世に四苦八苦している、役人や官職のような人々のような心根が、全くなかったのであります。

 恬憺の世とは、規則や法律で強制しなくとも、人々が好き勝手に生きていても、世の中全体に自然と道理が通じて治まっている、これがまさに恬憺の世でありました。

 法治国家と言えば聞こえはよろしいですが、法律や規制で取り締まらなければならないのは、すでに世が乱れ、人心もまた乱れている証拠であります。

 この恬憺の世の人々は欲少なく、心が何かに捕われたり、引っ掛かるようなことのない、何事においてもあっさりとした心根でした。従いまして、邪気もまた深く人体を冒すことが出来なかったのであります。

 ですから、毒薬で身体内部を洗い清める必要もなく、鍼石で身体外部から邪気を取り去る必要もありませんでしたので、本来あるべきところに精を移動させてやり、祝由するだけで病は癒えていたのであります。

 ところが現代の世は、そのようには参りません。

心配事や患い事の種は、心の内に数珠のようにつながり、過労によって身体を苦しめ、肉体を傷っております。

さらにまた四季に逆らうような生活をし、寒暑に対しても適切に生活していない上に、季節外れの賊風が度々やって来て、人々の生気の虚につけ入ろうとする邪が、朝夕にその機をうかがっているような有様です。

このような状態であります所に、邪が身体内部に侵入してまいりますと、いきなり五臓や骨髄といった深いころを犯し、身体の外部に侵入しますと目鼻口耳などの外界に通じる空竅や皮膚は塞がってしまい、機能しなくなってしまうのであります。

このようでありますので、ちょっとした病であっても治らないどころか次第に悪化して甚だしくなり、一旦大病となりますと必ず死に至るのであります。

従いまして、精を移して祝由したところで、どうにもならないのであります。


 帝が申された。 そうであったか・・・

 余は病人の治療に臨んで、生きる病であるか死に病であるかを心眼で察し、疑わしいところをはっきりとさせ、決することが出来るようになりたいと思う。

 その要を、日月の光の如く明らかに知りたいと思っているのだが、聞かせてもらえるであろうか。


 岐伯が申された。

 色脉は、上帝が最も重要視されておりまして、先師によって伝授して頂いたことでもあります。

 上古に、医家の貸季(しゅうたいき)先生が、色と脉との法則性を整理し、神の如くそれを運用し、さらに金木水火土の五行と四時を合わせたのでございます。

そして八方八風、東西南北上下の六合は、法則性を離れることなく、しかもその陰陽の変化は一時として止まることなく移り変わります。

このように認識した視点で、奥深いきわめて微かなその変化を捉え、その要となる一点を知るのであります。

その要となる一点を知ろうとなさるのでしたら、この色脉の微妙な変化にこそ存在するのであります。


色は天の気に応じておりまして、脉は地の気に応じております。

その変化の中に、要となる一点を感得するには、常にそのような視点で認識する目を持つことが要となります。

その色の変化は、四時の脉にも応じており、これは上帝が最も重要とされたところでありまして、神のように明るく、はっきりとまとめられたのであります。

このようにして、人々から死を遠ざけ、生を近づけることが出来るようになり、人々は自然の法則に適って長生きしましたので、人々は古人を聖王と呼称しているのであります。


 中古の時代になりますと、病になってから治療を始めました。

それでも湯液を十日間用いて、八風による五の病邪を取り去ることが出来ておりました。

もし十日で治まらない時は、薬草の葉や枝・根を用い、病の前後の流れを参伍し、症状とその根本を見定めてから治療しましたので、邪気を退けて治すことが出来たのであります。

 ところが近頃の病の治療はと申しますと、全くなっていない、でたらめで治療などと呼ぶことすら、はばかれるような有様です。

 その治療は、四時による陰陽盛衰の変化や、日月の満ち欠けや陰陽の消長など、認識の眼中にすらありません。

当然、病が順証か逆証であるかさえも、明確にすることができないのであります。

 それでいて、誰が見ても病気になっていると認識できる段階になってから、細い鍼で体表から邪気を攻め、湯液で体内を攻めようと致します。

 野暮な医師は、心中に病因病理と要を捉えるところがないので、オロオロとしてビクつきながら、むやみに病を攻めようと致します。

従いまして当然のように、病は未だに治らないどころか、それに加えて新しい病が上重ねされてしまうのであります。


 帝が申された。願わくば、その要道を聞きたいのだが。

 岐伯が申された。

 治療の要の要。

その最も重要な点は、自分の心に映った色と脉から伝わって来た感覚を、しっかりと見失わないように致すことであります。

そして実行に際しては、自信を持って心が不惑であること。これが治療の大原則であります。

診断に際しては、逆で間違っていることに気がつかず、これで正しいと判断し、病の本質と症状の関係性が視野に無ければ、神気を滅ぼし生命を失わせることになります。

このような医術が横行しますと、国までもが滅んでしまうことになります。

横行している今の医術を退け、古の教えにもとづいた医術を新たに身に就けることが出来ましたら、治療者自身もまた、真人たることを得ることが出来るでありましょう。


帝が申された。余は、すでにその治病の要を、賢者たるそちに聞くことが出来た。そちの申すところは、色と脉から離れてはならないということであったが、これらはすでに、余が知るところである。

岐伯が申された。

治病の要は、一に極まるものであります。

帝が申された。その一とは、何であるのか。

岐伯が申された。一と申しますのは、このようにして得るのでございます。

帝が申された。どのようであるのか。

岐伯が申された。

 一切の外界との関係を断つために、戸を閉め窓を塞ぎ、全神経を病者に繋いで注ぎ、病人のこれまでの経緯や心情の変化、身の回りの状況や変化など、あらゆる角度から問いただし、病者が言葉にできない言外の意を汲みとるのであります。

このようにして、病者の神気の状態を察するのであります。

病者に神気があるようでしたら、生命はまだまだ栄えましょう。

神気を失っているようでしたら、生命は間もなく亡びましょう。

神の有無。

これこそが治病の要の一であります。

帝が申された。 すばらしい。


原文と読み下し


黄帝問曰.余聞古之治病.惟其移精變氣.可祝由而已.今世治病.毒藥治其内.鍼石治其外.或愈或不愈.何也.
黄帝が問うて曰く。余は聞くに、古の病を治するや、惟(ただ)其の精を移し氣を變じ、祝由して已(い)ゆ可しと。今世の病を治するや、毒藥もて其の内を治し、鍼石もて其の外を治し、或いは愈え或いは愈えざるは、何ぞや。

岐伯對曰.
往古人居禽獸之間.動作以避寒.陰居以避暑.内無眷慕之累.外無伸宦之形.此恬憺之世.邪不能深入也.
故毒藥不能治其内.鍼石不能治其外.故可移精祝由而已.
當今之世不然.憂患縁其内.苦形傷其外.又失四時之從.逆寒暑之宜.賊風數至.虚邪朝夕.内至五藏骨髓.外傷空竅肌膚.所以小病必甚.大病必死.故祝由不能已也.

岐伯對して曰く。
往古の人禽獸の間に居し、動作して以て寒を避け、陰に居して以て暑を避く。内に眷慕の累無く、外に伸宦の形無し。此れ恬憺の世、邪深く入ること能わざるなり。
故に毒藥其の内を治すること能わず、鍼石其の外を治すること能わず。故に精を移し祝由して已ゆ可し。
當今の世は然(しか)らざるなり。憂患其の内に縁(よ)り、形を苦しめ其の外を傷る。又四時の從を失し、寒暑の宜しきに逆う。賊風數しば至り、虚邪朝夕す。内は五藏骨髓に至り、外は空竅肌膚を傷る。小病必ず甚だしく、大病は必ず死する所以なり。故に祝由して已ゆること能わざるなり。

帝曰善.余欲臨病人.觀死生.決嫌疑.欲知其要.如日月光.可得聞乎.
岐伯曰.
色脉者.上帝之所貴也.先師之所傳也.
帝曰く、善しと。余は病人に臨みて、死生を觀、嫌疑を決せんと欲す。其の要を知ること、日月の光の如くならんと欲す。聞くを得べきや。
岐伯曰く。
色脉なる者は、上帝の貴ぶ所なり。先師の傳うる所なり。

上古使貸季.理色脉而通神明.合之金木水火土四時.八風六合.不離其常.變化相移.以觀其妙.以知其要.欲知其要.則色脉是矣.
色以應日.脉以應月.常求其要.則其要也.
夫色之變化.以應四時之脉.此上帝之所貴.以合於神明也.
所以遠死而近生.生道以長.命曰聖王.

上古貸季(しゅうたいき)をして、色脉を理(おさ)め神明に通じせしむ。これを金木水火土四時に合し、八風六合、其の常を離れず、變化は相い移り、以て其の妙を觀、以て其の要を知る。其の要を知らんと欲すれば、則ち色脉是れなり。
色は以て日に應じ、脉は以て月に應す。常に其の要を求むるは、則ち其の要なり。
夫れ色の變化は、以て四時の脉に應ず。此れ上帝の貴ぶ所、以て神明に合するなり。
死を遠ざけ生を近づく所以なり。道に生き以て長ずるを、命じて聖王と曰く。

中古之治病.至而治之.湯液十日.以去八風五痺之病.十日不已.治以草蘇.草之枝.本末爲助.標本已得.邪氣乃服.
暮世之治病也.則不然.治不本四時.不知日月.不審逆從.病形已成.乃欲微鍼治其外.湯液治其内.粗工兇兇.以爲可攻.故病未已.新病復起.
中古の病を治するや、至りてこれを治す。湯液十日にして、以て八風五痺の病を去る。十日にして已えざれば、草蘇、草の枝を以て治す。本末助けを為し、標本已に得て、邪氣乃ち服す。
暮世の病を治するや、則ち然らざるなり。治するに四時に本づかず、日月を知らず、逆從を審にせず。病形已に成りて、乃ち微鍼もて其の外を治し、湯液もて其の内を治せんと欲す。粗工は兇兇(きょうきょう)として、以て攻むべしと爲す。故に病未だ已えず、新病復た起るなり。

帝曰.願聞要道.
岐伯曰.
治之要極.無失色脉.用之不惑.治之大則.
逆從到行.標本不得.亡神失國.去故就新.乃得眞人.
帝曰く。願わくば要道を聞かん。
岐伯曰く。
治の要極は、色脉を失すること無なれ。これを用いて惑わざるは、治の大則なり。
逆從到行し、標本得ざれば、神亡びて國を失す。故を去り新に就けば、乃ち眞人たるを得る。

帝曰.余聞其要於夫子矣.夫子言不離.色脉.此余之所知也.
岐伯曰.治之極於一.
帝曰.何謂一.
岐伯曰.一者因得之.
帝曰.奈何.
岐伯曰.閉戸塞.繋之病者.數問其情.以從其意.得神者昌.失神者亡.
帝曰善.
帝曰く。余は其の要を夫子に聞けり。夫子の言、色脉を離れず。此れ余の知る所なり。
岐伯曰く。治はこれ一に極まれり。
帝曰く。何を一と謂うや。
岐伯曰く。一なる者は因りてこれを得る。
帝曰く。奈何(いか)なるや。
岐伯曰く。戸を閉じ(まど)を塞ぎ、これを病者に繋ぎ、數しば其の情を問いて、以て其の意に從う。神を得る者は昌え、神を失する者は亡ぶ。

帝曰く善。


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