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鍼灸医学の懐

黄帝内経の意訳と解説 最後に原文と読み下しを記しています。

腹中論篇第四十.

いつもの花壇で
 本篇に述べられている熱中、消中は、現代においては、さしずめ糖尿病のような病態である。

 ただ、ひと世代前のような、激しい口の渇きや頻尿、次第に痩せていくといった病態は見られなくなったが、その代わり癌は、いつ、だれがなってもおかしくない状況となっている。

 糖尿病と癌は、病こそ違えども『内熱』という根は同じである。


 多くの現代人が、腹中に 『内熱』 を持つ傾向にあるのは、臨床的見地からもはっきりと確認できる。

 このことは、現代人にとっての癌が常態化しつつある今日的状況において、治療家として未病治を実現するためには、必須の認識である。


 現代人は、素問の時代の『富貴の人』以上に富貴である。

 なにせ現代人は、かつて夢のようであった 『 主権 』 まで手にしているのですから。

 であるからこそ、かつてないほどの豊かさを実現した現代こそ、節制が必要な時代は無いのである。

 とりわけ飲食の節制の可否は、治病結果に大きく影響する。

 が、もっとも聞く耳を持たないのも、現代人である。

 かくいう筆者も、心がけてはいるものの、過ごすことが多い。



 本篇に述べられているように、社会的地位が高く、ものが豊かになると、穏やかで和やかな心は、どこへ行ってしまうのでしょうか。

  医学がこれほど高度に発展し、だれでもが医療を受けられる現代であるのに、巷は病人だらけ。

  せっかく人としてこの世に生まれてきたのに、目先のものを追いかけ、その本来の生きる楽しみを忘れてしまったかのように思える。

 
 『厥逆』(けつぎゃく)もまた、臨床では日常的にほとんどの患者に見られる。

 本篇に記載されているような典型的な者は少ないが、患者に深呼吸させてみると、満足に息が入らないものが多い。

 いわんや、普段の呼吸は非常に浅い。

 疲れやすく、病に至るのも、当然といえば当然である。

 ここでは灸法について触れられているが、筆者は、あまり灸法を用いる機会が少ない。

 意識して用いないのではなく、筆者のところを訪れる人に、適応する人が少ないからである。
 



原 文 意 訳


 黄帝が申された。
 胸腹部がいっぱいになり、まるで何かが詰まったかのようになる病がある。朝食は食することができても、夕食は食することができない。これは一体どのような病なのであろうか。

 岐伯がそれに対して申された。
 これは鼓脹という名の病であります。

 帝が申された。
 これを治するにはどのようにすればよいのか。

 岐伯が申された。
 これを治するには、鶏の白糞を乾燥させ、粉末にした鶏屎白を一晩酒に漬けて発酵させたものを用います。一剤で効果が現れ、二剤で治ります。

 帝が申された。
 一度治まった者が、再発するのは、なぜなのであろうか。

 岐伯が申された。
 これはその者が、飲食に節制を欠くために再発するのであります。

 つまり、まさに症状が治まったかに思えても、まだ病邪が残っている上に再び不摂生を致しますので、邪気が腹に集まり停滞するので再発するのであります。



 帝が申された。
 胸から脇にかけて支え、いっぱいになったかのようになり、飲食の妨げとなる病がある。 

 発病すると先ずは生臭い匂いを感じて唾液が口の中に出て、しかも唾液に血が混じる。

 さらに手足が冷え、めまいがし、時々大小便に血が混じることがあるが、この病名はなんであるのか。またどうしてこのような病になるのであろうか。

 岐伯が申された。
 これは血枯という名の病でございます。


 この病は、年少の時、大出血を来すようなことがあったか、もしくは酒に酔って男女の交わりをして中焦の気が尽きてしまい、肝の臓が障害されたのが原因であります。

 女子でありますと、月経が滞りがちで場合によっては来潮しなくなります。

 帝が申された。
 これを治するには、どのようにすればよいのか。

 岐伯が申された。
 烏賊の甲(骨)四、茜草一。この二物を粉末にして混ぜ合わせ、雀の卵を加え練り合わせ、小豆大の丸薬を作ります。

 食前に五丸を干魚の煮汁で服用し、腸中と傷れた肝の臓を通利させるのであります。



 帝が申された。
 少腹が盛り上がったようであり、上下左右に動かすと根がある。これは何の病であろうか。また治るものなのか、そうでないのか。

 岐伯が申された。
 病の名は、伏梁と申します。

 帝が申された。
 伏梁は、何によって起こるのであろうか。

 岐伯が申された。
 これは少腹が大量の膿血を包んだ袋のようになっておりまして、膿血が腸胃の外側に在りますので、治すことができません。


 これを治療しようとして触れる度に強く按じますと、死に至ります。

 黄帝が申された。
 なぜそのようになるのか。

 岐伯が申された。
 この膿血が下に向かいますと、二陰から膿血が出ます。上に向かい胃に迫り、膈と胃に挟まれてしまいますと、そこに籠って内癰を生じます。

 これは慢性的経過をたどってなる病であるますので、なかなか治するのが難しいのであります。

 この膿血が臍より上でありますと逆、つまり治り難く、臍より下でありますとまだ治りやすいのです。

 この膿血を激しく動かして早く取り去ろうとしてはなりません。この方法に関しては「刺法」の中に論じております。



 帝が申された。
 人体の髀(大腿部)、股、(下腿)など全てが腫れ、臍の周囲が痛むのは、これは何の病であるのか。

 岐伯が申された。
 病の名は、伏梁と申しますが前に述べたものとは同名異病であります。

 これは邪気が大腸に溢れ肓に著いたものであります。肓の原は臍下にあります。

 したがいまして、臍の周囲が痛むのであります。

 これを激しく動かしてはならないと申しますのは、これを激しく動かしますと、水病となり、小便の出が渋るようになるからであります。



 黄帝が申された。
 肥厚濃味の贅沢な食べ物を多食し、内熱が盛んなために口が渇いて多飲し、小便の回数も多く、しかも次第に痩せてくる熱中・消中という病がある。

 そちは、しばしばこの熱中・消中を病む者には、肥えて濃厚な食物を食べ続けさせたり、芳香性の高い薬草や鉱物性の薬を服用させてはならないと申されている。

 石薬は意識障害や精神異常となる癲(てん)を起こし、芳香性の高い薬草は精神的な狂を起こす、とも申されている。

 ところがこの熱中・消中を病むようなものは、みな富貴の人たちである。

 今これらのご馳走を禁じても、それらの人たちの心に沿うことではないので不満に感じて応じないであろう。

 また芳香性の高い薬草や鉱物性の薬を服用させないのであれば、病を癒すこともできないと思うのだが、願わくば、そちの説を聞かせてもらいたい。

 岐伯が申された。
 これら芳香性の高い薬草は陽気が盛んでありますし、石薬の気は猛々しく気を激しく動かします。

 したがいまして、この二者の薬気と申しますは、急激で堅強でありますので、この薬気に従うような心が緩やかで和やかな人でないと反って気を傷ってしまいます。

 ですから富貴の人たちが金銭や権力に任せて言いたい放題であっても、この人たちの意に従って、この二者を服用させてはなりません。

 帝が申された。
 この二者を服用させてはならない理由を、もう少し詳しく聞きたいのだが。

 岐伯が申された。
 熱気と申しますは、動きが早く猛々しい性質であり、これら二薬もまた同様です。

 この体内の熱気が盛んなところに二薬を服用いたしますと、体内の熱はいよいよその勢いを得て、おそらくは後天の元気の源であり、木気を嫌う土性の脾の臓は傷れてしまうでありましょう。

 このことは、木気が盛んになる甲乙の日に至ってその障害が明確に現れましょうから、その時に論ずることにいたします。




 帝が申された。
 あいわかった。


 ところで、胸に腫れ物が生じて首が痛み、胸がいっぱいに張って息苦しく、しかも腹まで脹ったかのようになる病がある。これは何の病であり、どうしてこのようになるのであろう。

 岐伯が申された。
 これは厥逆と申します。

 帝が申された。
 これを治すには、どのようにするのであろうか。

 岐伯が申された。
 このような場合、安易に灸をすれば言葉が出なくなる(いん)となりましょうし、石メスで切開いたしますと狂ったかのようになります。

 このような場合は、先ずは陰陽の気が調和する時を待ち、四肢が温まってから治すのであります。

 帝が申された。
 その理由はどうなのか。

 岐伯が申された。
 陽気が上に衝き上げておりますので、陽気が上焦に有余して停滞しております。

 そこに灸をしてさらに陽気を加えますと、さらに有余した陽気が行き場を失い、さらに上焦内部に入り込んで宗気を押さえ込むことになるのであります。

 また、石メスで切開いたしますと、過剰に陽気が漏れてしまい、昇ってきた中・下焦の精気も散ってしまいますので、神気は拠り所を失い、まるで狂ったかのようになるのであります。

 ですから、陰陽・上下・内外の気が整ってから治しますと、誤治することなく平癒させることができるのであります。



 帝が申された。
 なるほど。
 で、妊娠した子が安全に生まれてくるかどうかは、どのようにして知ることができるのか。

 岐伯が申された。
 たとえ妊婦の身体に何らかの異常があったとしても、脉に胃の気がしっかりと感じ取られ、脉に邪気が感じ取られない時は、流産することなく安全に生まれてくるものであります。



 帝が申された。
 熱を病んでしかも痛むところがあるのは、なんであるのか。

 岐伯が申された。
 熱を病む者は、陽脉に最も顕著に現れます。したがいまして、三陽の脉を候えばよろしいのであります。

 そこで人迎脉と寸口脉を比較いたしまして、人迎一盛ですと少陽。二盛ですと太陽。三盛ですと陽明です。

 陽明に熱が盛んとなりますと、熱は溢れて行き場を求め、体内である陰に入ります。

 したがいまして熱は陽である頭と、陰である腹の両方にまたがって存在いたしますので、腹が張って頭も痛むのであります。

 帝が申された。
 なるほど、よくわかった。



原文と読み下し

黄帝問曰.有病心腹滿.旦食則不能暮食.此爲何病.
岐伯對曰.名爲鼓脹.
黄帝問うて曰く。病に心腹滿有り。旦(たん)に食すれば則ち暮に食すること能わず。此れ何の病と爲すや。
岐伯對して曰く。名づけて爲す。

帝曰.治之奈何.
岐伯曰.治之以鶏矢醴.一劑知.二劑已.
帝曰く。これを治するはいかなるや。
岐伯曰く。これを治するに鶏矢醴(けいしれい)を以てす。一劑にして知り、二劑にして已む。

帝曰.其時有復發者.何也.
岐伯曰.
此飮食不節.故時有病也.
雖然其病且已時.故當病氣聚於腹也.
帝曰く。其の時に復た發する者有るは、何んぞや。
岐伯曰く。
此れ飮食節ならず。故に時に病有るなり。
然りと雖ども其の病且(まさ)に已まんとする時なり。故に病に當りて氣腹に聚(あつま)るなり。

帝曰.有病胸脇支滿者.妨於食.病至則先聞腥臭.出清液.先唾血.四支清.目眩.時時前後血.病名爲何.何以得之.
帝曰く。病胸脇に有りて支滿する者、食を妨げ、病至れば則ち先ず腥臭を聞き、清液を出す。先ず唾血し、四支清(ひ)え、目眩し、時時前後血す。病名づけて何と爲すや、何を以てこれを得るや。

岐伯曰.
病名血枯.此得之年少時.有所大脱血.
若醉入房.中氣竭.肝傷.故月事衰少不來也.
岐伯曰く。
病血枯と名づく。此れ年少の時大いに脱血する所あるにこれを得る。
若しくは醉いて房に入り、中氣竭きて肝を傷る。故に月事衰少して來たらず。
 
帝曰.治之奈何.復以何術.
岐伯曰.以四烏骨.一茹.二物并合之.丸以雀卵.大如小豆.以五丸爲後飯.飮以鮑魚汁.利腸中.及傷肝也.
帝曰く。これを治することいかん。復た何んの術を以てす。
岐伯曰く。四の烏骨、一の茹(ろじょ)の二物を以てこれを并合し、丸するに雀卵を以てし、大なること小豆の如くす。五丸を以て後飯と爲し、飮するに鮑魚(ほうぎょ)汁を以て腸中、及び傷肝を利するなり。

帝曰.病有少腹盛.上下左右皆有根.此爲何病.可治不.
岐伯曰.病名曰伏梁.
帝曰く。病に少腹盛なる有り、上下左右皆根有り。此れ何の病を爲すや、治すべきや否や。
岐伯曰く。病名づけて伏梁を曰く。

帝曰.伏梁何因而得之.
岐伯曰.裹大膿血.居腸胃之外.不可治.治之毎切按之致死.
帝曰く。伏梁何に因りてこれを得るや。
岐伯曰く。大膿血を裹(つつ)み、腸胃の外に居し、治すべからず。これを治して切する毎に按ずれば死に致す。

帝曰.何以然.
岐伯曰.
此下則因陰.必下膿血.上則迫胃.生鬲.侠胃内癰.此久病也.難治.
居齊上爲逆.居齊下爲從.勿動亟奪.論在刺法中.
帝曰く。何を以て然るや。
岐伯曰く。
此れ下れば則ち陰に因りて、必ず膿血を下す。上れば則ち胃迫りて、鬲に生で、胃侠みて内癰す。此て久病なりて、治し難し。
齊上に居するを逆と爲し、齊下に居するを從と爲す。動かすこと亟(すみ)やかしてに奪することなかれ。論は刺法中に在り。

帝曰.人有身體髀股皆腫.環齊而痛.是爲何病.
岐伯曰.
病名伏梁.此風根也.
其氣溢於大腸.而著於肓.肓之原在齊下.故環齊而痛也.不可動之.動之爲水溺之病.
帝曰く。人の身體髀股皆腫れ、齊を環(めぐ)りて痛む。是れ何の病と爲すや。
岐伯曰く。
病伏梁となづく。此れ風根なり。
其の氣大腸に溢れ、肓に著く。肓の原は齊下に在り。故に齊を環りて痛むなり。これ動かすべからず。これを動かせば水溺(すいじゃく)(しょく)の病を爲す。

帝曰.
夫子數言.熱中消中.不可服高梁.芳草石藥.石藥發癲.芳草發狂.
夫熱中消中者.皆富貴人也.今禁高梁.是不合其心.禁芳草石藥.是病不愈.願聞其説.
岐伯曰.夫芳草之氣美.石藥之氣悍.二者其氣急疾堅勁.故非緩心和人.不可以服此二者.
帝曰く。
夫子數(しば)しば言えり。熱中、消中は、高梁、芳草、石藥を服するべからず。石藥は癲(てん)發を発し、芳草は狂を發すと。
夫れ熱中、消中なる者は、皆富貴人なり。今高梁を禁ずるは、是れ其の心に合せず。芳草、石藥を禁ずるは、是れ病愈えず。願わくば其の説を聞かん。
岐伯曰く。夫れ芳草の氣は美(うま)く、石藥の氣は悍(たけ)し、二者其の氣は急疾堅勁なり。故に心緩(ゆる)く和なる人にあらざれば、以て此の二者を服すべからず。

帝曰.不可以服此二者.何以然.
岐伯曰.夫熱氣慓悍.藥氣亦然.二者相遇.恐内傷脾.脾者土也.而惡木.服此藥者.至甲乙日更論.
帝曰く。以て此の二者を服するべからざるは、何を以て然るや。
岐伯曰く。夫れ熱氣は慓悍なり。藥氣も亦た然り。二者相遇えば、恐らくは内は脾を傷る。脾なる者は土なり。木を惡む。此の藥を服する者は、甲乙の日に至りて更に論ぜん。

帝曰善.有病膺腫頸痛.胸滿腹脹.此爲何病.何以得之.
岐伯曰.名厥逆.
帝曰く、善し。膺腫、頸痛、胸滿、腹脹の病有り。此れ何の病を爲すや。何を以てこれを得るや。
岐伯曰く。厥逆と名づく。

帝曰.治之奈何.
岐伯曰.灸之則.石之則狂.須其氣并.乃可治也.
帝曰く。これを治するはいかん。
岐伯曰く。これに灸すれば則ち(いん)し、これに石すれば則ち狂す。其の氣并(あわ)さるを須(ま)ちて乃ち治すべし。

帝曰.何以然.
岐伯曰.陽氣重上.有餘於上.灸之則陽氣入陰.入則.石之則陽氣虚.虚則狂.須其氣并而治之.可使全也.
帝曰く。何を以て然るや。
岐伯曰く。陽氣重上して、うえに有餘す。これに灸すれば則ち陽氣は陰に入る。入れば則ちす。これに石すれば則ち陽氣虚す。虚すれば則ち狂す。其の氣并(あわ)さるを須(ま)ちてこれを治せば、全からしむべきなり。
 
帝曰善.何以知懷子之且生也.
岐伯曰.身有病而無邪脉也.
帝曰く善し。何を以て懷子の且(まさ)に生まれんとするを知るや。
岐伯曰く。身に病ありて邪脉無きなり。

帝曰.病熱而有所痛者.何也.
岐伯曰.
病熱者陽脉也.以三陽之動也.人迎一盛少陽.二盛太陽.三盛陽明入陰也.
夫陽入於陰.故病在頭與腹.乃脹而頭痛也.
帝曰善.
帝曰.熱を病みて痛む所有る者は、何ぞや。
岐伯曰く。
熱を病む者は陽脉なり。三陽の動ずるを以てなり。人迎一盛は少陽、二盛は太陽、三盛は陽明にて、陰に入るなり。
夫れ陽、陰に入る。故に病は頭と腹に在り。乃ちして頭痛むなり。
帝曰く、善し。


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