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鍼灸医学の懐

黄帝内経の意訳と解説 最後に原文と読み下しを記しています。

水熱穴論篇第六十一.

  本篇は、骨空論で記載されている水兪五十七穴の詳細が表題となっているが、腎と肺、腎と胃の生理関係のほか刺法にまで論及されている。


 「腎は胃の関」と「四季の刺法」に関しては、気の動きを筆者なりに臨床に合致するように意訳を試みた。

 諸氏、ご意見を賜れば幸いです。

 

         原 文 意 訳

 

 黄帝が問うて申された。

 少陰が腎を主り水を主るというのは、どのような根拠から申しておるのか。

 

 岐伯がそれに対して申された。

 腎は至陰でありまして、最も低位にございます。低いところでは、水が盛んになるものであります。

 肺は太陰でありまして、少陰は冬の脈であります。冬から次第に陽気が益し、地気が天に昇りますように、少陰の気も脈を通じて肺に昇り注いでおります。

 従いまして肺腎の関係では、腎が本であり肺が末となります。この肺腎は、水が聚るところであります。

 

 帝が申された。

 腎には、なぜよく水が集まって病を生じるのか。

 

 岐伯が申された。

 腎と申しますは、胃の関のような働きをいたします。

 もし関門の調節が効かなくなり、閉じたままとなりますとと水が上に溢れ、開いたままとなりますと水が低位の腎に集まりますので、色々な水の病を生じるのであります。

 ですから上下の皮膚に水が溢れ停滞して動かなくなりますと、浮腫を生じるのであります。

 

 帝が申された。

 諸々の水に起因する病は、すべて腎にその責があるのか。

 

 岐伯が申された。

 腎と申しますは、牝蔵(ひんぞう)と称しまして陰の臓であります。天地に例えますと、大地は腎に相当し、大地から立ち上る蒸気を地気と致しますと、腎の陽気はこの蒸気に相当します。

 この立ち上る蒸気は、大地にあっては水でありますので、腎は大地であり最も低いところでありますので至陰と申し上げているのであります。

 もし人が気合を入れて激しい労働を行いますと、腎は旺じて蒸気もまた激しく立ち昇り、肺が主る皮毛から汗となって出ていきます。この様を腎から汗が出ると申します。

 そして毛穴が開いて汗が出ている時、たまたま寒冷の風などに出会いますと、毛穴が閉じてしまいます。

 汗は腎の熱気で出ようとしているので内裏に入ることができません。かといって毛穴は閉じてしまっているので皮膚の外に出ることもできません。

 そうなりますと、汗は皮毛付近に水となって停滞するようになり、腎の熱気にあおられて出口を求めて皮膚の下を循るようになり、ついには浮腫となってしまうのであります。

 ですから、この類の病の根には、腎が関係しているのであります。このような機序で生じます浮腫を、風水と称しております。

 

 帝が申された。

 水兪五十七処なるは、何を主るのか。

 

 岐伯が申された。

 腎兪五十七穴は、陰気の聚り積もるところであります。ですから水の出入りする所とも言えます。

 尻の上に督脈と足太陽の左右で五行ありまして、各行の五穴が腎兪に相当いたします。

 従いまして、水病の下に現れるものは、下半身の浮腫と共にお腹が大きく膨らんでまいります。また、上に現れるものは、喘ぎを生じて仰向けに寝ることが出来なくなります。これは標本共に病んでいる状態であります。

 故に肺は水のために喘ぎを生じ、腎は水腫を生じ、肺気は水のために塞がって降りることが出来ませんので、臥することも出来なくなるのであります。

 肺と腎は上下に分かれ、水はその間を行き交いますので、何かありますと水が溜まりやすくなるところなのであります。

 また伏菟の上に各二行ありまして、その行ごとに五穴ありますのは、腎気の大通りで足の三陰の脚で交わり結ぶところであります。

 踝の上に各一行ありまして、その行ごとに六穴ありますのは、これは腎気の下行する所でありまして、名づけて太衝と申します。

 これら五十七穴は、すべて臓の陰絡で、水が溜まりやすいところであります。

 

 帝が申された。

 春には絡脉の分肉を取るとはどういうことなのか。

 

 岐伯が申された。

 春という時節は、木気が生じ始めこれが主気となります。人体においても、木性の肝気が旺じ始めます。肝気は、その動きは急でして風のように疾(はや)いものです。

 春季においては、経脉はまだ深部を流注しておりまして、体表の気もまたまだ少ないのですが、邪気もまた侵入したとしましても深部の気が充実しているので、深く入ることができないのであります。従いまして、取穴は邪気が留まる絡脉の分肉の間を取るのであります。

 

 帝が申された。

 夏には盛経の分腠を取るとはどういうことなのか。

 

 岐伯が申された。

 夏という時節は、火気が生じ始めこれが主気となります。身体においても火性の心気が旺じ始めます。脈は盛んとなり体表に向かい散じますので、脈は痩せ気もまた衰えがちになります。

 ところが夏季は自然の陽気を受け、人体もまた陽気が満ち溢れます。そして自然界からの陽気は熱となって分腠を蒸すかのようであり、その熱は内部の経にまで影響が及びます。従いまして邪気もまた皮膚の浅いところに停滞しているものです。

 このような訳で夏は盛んになっている陽経の分腠に浅く取穴を致します。

 

 帝が申された。

 秋には、経・兪を取るとはどういうことか。

 

 岐伯が申された。

 秋という時節は、金気が生じ始めこれが主気となります。身体においても金性の肺気が旺じ始めます。肺はまさに収殺し五行の相尅関係では金は火に勝ちますので、陽気は体幹部に近い合穴に結集いたします。

 すると相対的に陰気が盛んになり始めますので、湿気が身体に影響し始めます。しかしながらまだ陽気は衰え切らず、陰気もまた盛んになりきらないので、邪気もまた深く侵入することができません。

 従いまして体幹から遠位の兪穴で邪気を寫し、近位の合穴で陽邪を寫すのであります。さらに秋が深まり陽気が衰えてきますと、合穴を取って陽気を補うのであります。

 

 帝が申された。

 冬に井・滎を取るとはどういうことか。

 

 岐伯が申された。

 冬の時節は、水気が生じ始めこれが主気となります。身体においても水性の腎気が旺じ始めます。腎は陽気を保持するために深く閉蔵いたします。

 そうしますと体表や四肢末端の陽気は衰少いたしますので、相対的に陰気が堅く盛んになってまいります。さらに足太陽の脈気も隠れるかのように沈んでまいります。

 陽気が下りますと陰気が上がりますので、井穴で陰気の上逆を防ぎ、滎穴でさらに陽気を補って陰陽の平衡を図るのであります。

 あらかじめ冬にこのような処置をしておきますと、盛んになった陰気に閉じ込められた陽気が、春に一気に噴き出すかのような鼻血を防ぐことができるのであります。

 

 帝が申された。 

 そちは熱病を治す五十九兪について申した。

 しかし余はその意味するところを論じるには、まだ兪穴の部位がはっきりと区別できない。願わくばその部位と穴性を聞きたいのであるが。

 

 岐伯が申された。

 頭の上に五行、行ごとの五穴は、諸々の陽経の熱逆を泄すことができます。

 左右の大杼、膺兪、缺盆、背兪の八穴は、胸中の熱を寫すことができます。

 左右の氣街、三里、巨虚上・下廉の八穴は、胃中の熱を寫すことができます。

 左右の雲門、髃骨(肩髃)、委中、髓空(懸鐘or陽兪?)の八穴は、四肢の熱を寫すことができます。

 左右の五臓兪の傍らの五穴。この十穴は五臓の熱を寫すことができます。

 これら五十九穴は、熱が左右に行き交うところであります。

 

 帝が申された。

 人が寒に傷れ伝変すると熱となるのは、どういうことか。

 

 岐伯が申された。

 寒盛んとなり極まりますと鬱して転じ、熱を生じるという陰陽の道理でからであります。

 

        原文と読み下し

 

黄帝問曰.少陰何以主腎.腎何以主水.

岐伯對曰.

腎者至陰也.至陰者盛水也.

肺者太陰也.少陰者冬脉也.

故其本在腎.其末在肺.皆積水也.

黄帝問うて曰く。少陰は何を以て腎を主り、腎は何を以て水を主るや。

岐伯對して曰く。

腎なるは至陰なり。至陰なる者は水盛んなり。

肺なる者は太陰なり。少陰なる者は冬脉なり。

故に其の本は腎に在り。其の末は肺に在り。皆積水なり。

 

帝曰.腎何以能聚水而生病.

岐伯曰.

腎者胃之關也.關門不利.故聚水而從其類也.

上下溢於皮膚.故爲胕腫.胕腫者.聚水而生病也.

帝曰く。腎は何を以て能く水を聚めて病を生じるや。

岐伯曰く。

腎なる者は、胃の關なり。關門利せず。故に水を聚め其の類に從うなり。

上下の皮膚に溢る。故に胕腫を爲す。胕腫なる者は、水を聚めて病を生じるなり。

帝曰.諸水皆生於腎乎.

岐伯曰.

腎者牝藏也.地氣上者屬於腎.而生水液也.故曰至陰.

勇而勞甚.則腎汗出.腎汗出逢於風.内不得入於藏府.外不得越於皮膚.客於玄府.行於皮裏.傳爲胕腫.本之於腎.名曰風水.

所謂玄府者.汗空也.

帝曰く。諸水は皆腎に生ずるや。

岐伯曰く。

腎なる者は牝藏(ひんぞう)なり。地氣の上る者は腎に屬し、水液を生じるなり。故に至陰と曰く。

勇みて勞甚だしければ、則ち腎汗出ず。腎汗出でて風に逢えば、内は藏府に入るを得ず、外は皮膚を越するをえず。玄府に客し、皮裏を行り、傳えて胕腫を爲す。これ腎に本づく。名づけて風水と曰く。

所謂玄府なる者は、汗空なり。

 

帝曰.水兪五十七處者.是何主也.

岐伯曰.

腎兪五十七穴.積陰之所聚也.水所從出入也.

尻上五行.行五者.此腎兪.故水病下爲胕腫大腹.上爲喘呼.不得臥者.標本倶病.故肺爲喘呼.腎爲水腫.肺爲逆不得臥.分爲相輸.倶受者.水氣之所留也.

伏菟上各二行.行五者.此腎之街也.三陰之所交結於脚也.

踝上各一行.行六者.此腎脉之下行也.名曰太衝.

凡五十七穴者.皆藏之陰絡.水之所客也.

帝曰く。水兪五十七處なる者は、是れ何を主るや。

岐伯曰く。

腎兪五十七穴、積陰の聚る所なり。水の從りて出入する所なり。

尻上五行、行に五なる者は、此れ腎兪なり。故に水病の下は胕腫大腹を爲し、上は喘呼を爲す。臥するを得ざる者は、標本倶に病む。故に肺は喘呼を爲し、腎は水腫を爲す。肺は逆を爲して臥するを得ざるなり。分かれて相輸を爲し、倶に受ける者は、水氣の留まる所なり。

伏菟の上に各二行。行に五なる者は、此れ腎の街なり。三陰の脚に交結するところなり。

踝の上に各一行。行に六なる者は、此れ腎脉の下行なり。名づけて太衝と曰く。

凡そ五十七穴なる者は、皆藏の陰絡、水の客する所なり。

 

帝曰.春取絡脉分肉.何也.

岐伯曰.春者木始治.肝氣始生.肝氣急.其風疾.經脉常深.其氣少.不能深入.故取絡脉分肉間.

帝曰く。春は絡脉分肉に取るとは、何なるや。

岐伯曰く。春なるは、木の治め始め、肝氣は生じ始める。肝氣急にして、其の風疾し。經脉は常に深く、其の氣は少なく、深く入ること能わず。故に絡脉分肉の間に取る。

 

帝曰.夏取盛經分腠.何也.

岐伯曰.夏者火始治.心氣始長.脉痩氣弱.陽氣留溢.熱熏分腠.内至於經.故取盛經分腠.絶膚而病去者.邪居淺也.所謂盛經者.陽脉也.

帝曰く。夏は盛經分腠に取るとは、何なるや。

岐伯曰く。夏は火の治め始め、心氣長じ始める。脉は痩せ氣は弱く、陽氣留溢し、熱は分腠を熏じ、内は經に至る。故に盛經分腠に取り、膚を絶して病去る者は、邪淺きに居ればなり。所謂盛經なるは、陽脉なり。

 

帝曰.秋取經兪.何也.

岐伯曰.秋者金始治.肺將收殺.金將勝火.陽氣在合.陰氣初勝.濕氣及體.陰氣未盛.未能深入.故取兪以寫陰邪.取合以虚陽邪.陽氣始衰.故取於合.

帝曰く。秋に經兪を取るとは、何なるや。

岐伯曰く。秋は金の治め始め、肺將に收殺せんとす。金將に火に勝たんとし、陽氣は合に在り、陰氣初めて勝ち、濕氣體に及ぶも、陰氣未だ盛んならず、未だ深く入ること能わず。故に兪をとり以て陰邪を寫し、合を取りて以て陽邪を虚す。陽氣初めて衰う。故に合を取るなり。

 

帝曰.冬取井榮.何也.

岐伯曰.冬者水始治.腎方閉.陽氣衰少.陰氣堅盛.巨陽伏沈.陽脉乃去.故取井以下陰逆.取榮以實陽氣.

故曰.冬取井榮.春不鼽衄.此之謂也.

帝曰く。冬に井榮を取るとは、何なるや。

岐伯曰く。冬は水治め始め、腎方(まさ)に閉じ、陽氣は衰少し、陰氣は堅盛し、巨陽は伏沈し、陽脉は乃ち去る。故に井を取り以て陰逆を下し、榮を取り以て陽気を實す。

故に曰く。冬に井榮を取れば、春に鼽衄せずとは、此れこれを謂うなり。

 

帝曰.夫子言治熱病五十九兪.余論其意.未能領別其處.願聞其處.因聞其意.

岐伯曰.

頭上五行.行五者.以越諸陽之熱逆也.

大杼膺兪缺盆背兪.此八者.以寫胸中之熱也.

氣街三里巨虚上下廉.此八者.以寫胃中之熱也.

雲門髃骨委中髓空.此八者.以寫四支之熱也.

五藏兪傍五.此十者.以寫五藏之熱也.

凡此五十九穴者.皆熱之左右也.

帝曰.人傷於寒.而傳爲熱.何也.

岐伯曰.夫寒盛則生熱也.

帝曰く。夫子熱病をちする五十九兪を言えり。余は其の意を論ずるも、未だ其の處を領別すること能わず。願わくば其の處を聞かん。因りて其の意を聞かん。

岐伯曰く。

頭上の五行。行に五なるは、以て諸陽の熱逆を越するなり。

大杼、膺兪、缺盆、背兪、此の八なるは、以て胸中の熱を寫すなり。

氣街、三里、巨虚上下廉、此の八なるは、以て胃中の熱を寫すなり。

雲門、髃骨、委中、髓空、此の八なるは、以て四支の熱を寫すなり。

五藏の兪の傍らに五。此の十なるは、以て五藏の熱を寫すなり。

凡そ此の五十九穴なるは、皆熱の左右なり。

帝曰く。人寒に傷れ、傳えて熱と爲すは、何なるや。

岐伯曰く。夫れ寒盛んなれば則ち熱を生ずるなり。

 

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